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農民作家
山下惣一氏
どうする消防団

このメッセージは平成4年3月(社)家の光協会発行の「地上」3月号に掲載された山下惣一氏の「どうする消防団!」の全文を作者および出版社のご了解を得て再掲載したものです。

 「火事だ、火事だ」と叫んでも、田んぼ道や山道があるわけで、消防車が来ないことには困る。そこで、ムラの消防団がはせ参じて大活躍……となるわけだが、このところ時代は大きく変わった。
 ここに、作家・山下惣一氏の“直言”と、岐阜県で消防団員をなさっている上野和俊氏から編集部に寄せられた“直訴”を紹介し、消防団のあり方を考えてみたい。

どうする消防団

消防団は民兵か

 おい!! キミのムラにゃ青年団あるか? ある? ふーん。じゃ、4Fクラブは? ない? だろうな。おれのムラにゃ青年団も4Hクラブもない。つぶれちゃったのだ。
 当該者がいなくなるのだから当然だとおれは思うぞ。そろそろ農協青年部だって危うくなってきたとみているのだ。
 ところが、ここにひとつだけ泰然自若として不死鳥のごとく生きつづけている、まか不思議な組織がある。それが消防団だ。
 消防団って一体なんだ?これは本当に必要なんだが、誰にとって、どのように必要なのか。改革の余地はないのか?ムラのタブーに挑戦。まずは「消防団」だ。
 ちょっとおれの昔話につき合ってくれ。いうまでもなく、おれも元消防団員だ。18歳から35歳まで18年間在籍した。時代か?そうだな、昭和30年前後から40年代の後半までだ。おれなんか早くから村のリーダーとして嘱望されていたから、消防自動車の運転手、ポンプ操法の選手、指揮官、部長とひと通りのことはやってきたよ。いまは息子が消防団員だ。つまり、村に生きるものの義務として、ほとんど疑問すら抱くことなく、消防団を支えてきた者のひとりなのだ。

村は誰が守るのか!
 だが、しかし、考えてみるといろいろと問題はあるぞ。まず第一に消防団の位置だ。
 いまでも覚えているが、進入団員の頃、郡の夏期大会で、地元選出の保守党の代議士が来賓の挨拶でこう言った。
 「先般、同じ敗戦国のドイツの要人が見えられて、消防団を見て『ああ、日本はまだ大丈夫だ』と感心されていた。消防団あるかぎり日本は再びよみがえる…
 つまり、民兵の位置づけなんだよな。体制を維持する末端のネットワークなわけだ。政治的に中立、政治色がないというのは、体制擁護と同義語なのだ。だから、保守党の議員の選挙では見張りに立つが、キョサントーを押すなんてことは金輪際おこりえないわけだ。警察、自衛隊、消防団。レーニンは「軍隊は外敵から国民を守る前に自国民を弾圧する」といったが、消防団にもそういう体質がある。
 若い自分、左翼思想にかぶれた友人がおった。彼も当然消防団に入らなければならないが、体質を見ぬいていたから抵抗した。訓練の時、わざと同じ方の手と足を一緒に出すのだ。「オイッチニ、オイッチニ……」の掛声に合わせて、たった一人、右手と右足、左手と左足を同時に出す。これはおかしかったなあ。指揮官は呆れ果て、団員たちは彼を非難攻撃した。消防団の問題点の第一は個人の思想信条の自由を抹殺することだ。だから、ムラ再生のエネルギーにはならない。亡び行くムラの墓掘り人をつとめるにすぎぬ。

第二に消防団は本当に役に立つのか?
 ま、おれも在籍していた頃は、相当に役に立っていると錯覚していたが、離れてみるとそんなことはないな。仮にいま、ムラから消防団が消滅したとして、そのマイナスと、団員にかかっている負担とを天秤にかけるなら、プラスの方が多いんじゃないかい?
 そもそも、昔と違っていまは消防署の体制が整備されている。火事も非常に少ない。消防署もメンツがあるからさ、火災通報を受けても自分たちが現場に着くまでは消防団に連絡しないんだよな。だから、初期消火ではいつも後塵を拝することになるんだ。
 それに正直いって、みんな火災保険かけているじゃない。下手にやられると火を消してもらう益よりは水害や損害の方が大きいんだよね。いや、消防団は火災だけじゃない、という反論があるだろう。かつて、おれもそれを主張したもんだ。災害、海難事故、ボケ老人さがし……だけど、それは消防団でなくても他に方法があるのではないか。
 「そういうけど、では村は誰が守るのだ」

百姓にシワ寄せするな
 かつて、おれもそれをいったもんだ。しかし、考えてみりゃ、なぜ村の者には村を守る義務があるのに、都会の連中には都会を守る義務がないのか?おかしいと思わないか。
 例えば、東京の丸の内のビル街に消防団あるか?家の光協会の職員だって消防団には入ってないよ。銀座にクラブの「ママさん消防団」なんてないよ。みんな行政におんぶにだっこで生きているんだ。つまり、消防団というのは、村に生きる者のかなり不当な「税外税負担」なのだ。政治改革で「一票の格差」が伝々される時代なんだぜ。国民として平等の権利を主張すべきだと思うぞ。村に消防団があるのなら都会にも平等に作れ。都会に作らないのなら村でもやめろ。それが無理なら、団員の「免税措置」を要求するなり、「国土保全費」「防災負担金」を請求しろ。たかだか出動人員を五、六人ちょろまかして、タイから輸入したヤキトリで冷酒のんでくだまいているようじゃ仕様がないぜ。
 とはいえ、消防団は村に住む者にとって「体制」そのものだから、これを批判したり拒否したりすると、それこそ「村八分」の雰囲気あるものなぁ。え?「村八分って何か」だと。そんなこたぁ自分で調べろ。
 しかし、もうそんなゆうちょうなことをいっている場合じゃないだろう、団員のほとんどがサラリーマンになって、昼間は家にいない。会社は休めない。それを口実に入団を断る……その分、村で頑張っている数少ない若い百姓の肩にずしりと負担がかかってくる。
 働き盛りの歳月を犠牲にし、家族に苦労をかけ、農業にまでしわ寄せがくる。あれか、消防団は村つぶしの組織かよ。田畑が荒廃しムラが亡びかかっているのに何の消防団ぞ。
 団員一同奮起せよ。改革のノロシをあげよ!!

なお、丸の内には丸の内消防団が、銀座には京橋消防団が組織されています。